日本の年表
| 時代名 | 西暦期間 |
|---|---|
| 旧石器時代 | 約10万年前 ~ 約1万年前 |
| 縄文時代 | 約1万年前 ~ 紀元前4世紀前 |
| 弥生時代 | 紀元前3世紀 ~ 紀元後3世紀 |
| 古墳時代 | 3世紀後半 ~ 6世紀 |
| 飛鳥時代 | 6世紀 ~ 710年 |
| 奈良時代 | 710年 ~ 794年 |
| 平安時代 | 794年 ~ 1185年 |
| 鎌倉時代 | 1185年 ~ 1333年 |
| 室町時代 | 1336年 ~ 1573年 |
| 安土桃山時代 | 1573年 ~ 1600年 |
| 江戸時代 | 1603年 ~ 1868年 |
| 明治時代 | 1868年 ~ 1912年 |
| 大正時代 | 1912年 ~ 1926年 |
| 昭和時代 | 1926年 ~ 1989年 |
| 平成時代 | 1989年 ~ 2019年 |
| 令和時代 | 2019年 ~ 現在 |
太古から終戦まで
水稲が渡来した弥生時代には、米の酒が造られていたと推測されている。「魏志」の東夷伝(とういでん)に「倭国の酒」の記事が、「播磨の国風土記」に「清酒(すみさけ)」の記事がある。
奈良時代後半には稲作も安定し、国家の組織に造酒司(ぞうしゅ/さけのつかさ/みきのつかさ)が設けられて、朝廷のための酒が造られるようになった。
室町時代には、本格的な酒屋が現れるようになった。(酒屋:酒造の登場、江戸時代以前は足踏み式)
16世紀後半には原料米を精米したり、醪をこして酒粕と日本酒に分ける技術や、日本酒に火入れと呼ばれる熱殺菌も行われるようになった。
江戸時代になると、産業としての日本酒造りがますます盛んになった。香味を整え、酸敗を防ぐ方法としてアルコール添加(当時は醸造アルコールの代わりに柱焼酎と呼ばれる焼酎を添加していた)の技術が使われることもあったといわれている。
明治時代から大正時代の頃までは、精米で水車(江戸時代~)や横型精米機(大正末期~)を利用。
温度計が普及したのも大正時代になってからである。当時はまだ今でいう吟醸酒の製法は生まれておらず、灘の酒造技術が圧倒的で、酒質を主導していた。
また、酒質もまだまだ安定しておらず、腐造(醪が腐ること。酸敗と同じ)が珍しくなかった。
また、辛口で酸の多い酒が主流であった。(醪での軽度な乳酸菌の増殖/当時の精米歩合はせいぜい90%のため、酵母の増殖が旺盛になり、その結果醪の酸が増えた/精米歩合が高いと蒸米の溶解が悪いので、醪の糖が少ない結果辛口になった)
大正時代末期から米の統制が始まる1940年頃までは、飲酒人口増大の影響もあり、相当に甘くて、濃い日本酒が造られ、飲用された(明治の辛口の反動)。
1933年に竪型精米機(酒造りが変わる!!ロール型の石で10時間で精米歩合70%、50時間で50%まで可能!!)が現れる。冷凍機も登場により、醪の温度も次第に低くなる。
戦後から、1970年代初頭の日本酒ブームまで
戦時中であった1943年に国内でアルコール添加が行われるようになり、級別制度も始まった。
第二次世界大戦後、戦時中の米不足により、三倍増醸法(三増酒、または増醸酒)が普及した<2006年の酒税法改正により清酒の定義が改正されたことに伴い廃止された>。
その後、経済の復興に伴い、日本酒の需要も急速に回復。1948年の105千klの最低→1973年1766千の最高までに至った。
1960年代後半から1970年代初頭には史上空前の日本酒ブームが訪れた(高度経済成長期)。
なお、酒造の数は、戦後一時期は4000場を超えたものの、1970年代初頭の日本酒ブームの前から現在まで減少が続いている。1980年度2947場、2020年度1550場。
地酒ブーム、級別制度廃止を経て現在まで
1970年中頃年代に突入すると、人々は地酒に対しての関心が高まった。
特に1982年の上越新幹線の開通を機会に、新潟の地酒は概して淡麗辛口できれいで高品質という特徴が話題となり、720ml瓶などは値段も大きさも手ごろなお土産として、人気を博すようになった。中にはプレミアムのつく地酒も現れた。
1980年代には吟醸酒ブームがあった。生酒も人気になった。
1992年3月に級別制度廃止。
1996年あたりから、日本酒の課税数量は大きな減少を始め、「冬の時代」へ突入する。数年後に空前の焼酎ブームが起こり、日本酒のシェアが奪われることになった。2004年には日本酒と焼酎(単式蒸留焼酎と連続式蒸留焼酎の合計)の課税数量が逆転した。
一方で、日本酒の海外への輸出数量はしずかであるが、着実に伸びている。2021年と比較して数量で4.5倍、金額で約12.6倍に増加し、数量、金額ともに過去最高になった。輸出先は中国、アメリカ、香港、シンガポールの順に多い。
スパークリング、地酒や和食などのブームにより、2013年12月に「和食:日本人の伝統的な食文化」はユネスコ無形文化遺産に登録された。
吟醸酒の歴史と現在
吟醸酒という言葉がうまれたのは、早くても明治維新以降であると考えられる。
1909年には、吟醸物、吟醸家という言葉が文献に見られる。全国清酒品評会は1907年から始められたが、当初は、今でいう吟醸酒を中心としたものではなく、「醇良酒」といって、経済性も考慮した旨味のある濃い味のものであった。
吟醸酒という概念が確立したのは、1927年、鹿又親氏の論説「吟醸の経済課について」で、その中で、「吟醸とはあらためていうまでもなく{吟味して醸造する}ということで、とりもなさず、原料を精選し、最善の努力と技巧の極みによって醸造せられた清酒が吟醸酒である」としている。(現在の特定名称酒としての吟醸酒と異なることに注意)
1933年には竪型精米機が現れ、精米技術に革命が起こった。また、醪冷却技術の普及、優良酵母の分離と普及などにより、吟醸酒の品質は向上し、1980年代の吟醸酒ブームを迎え、吟醸酒という言葉が広く世間に知れ渡ることになった。
吟醸酒造りで最も難しいのは麴造りと言われる。
・総ハゼ:普通酒に使用される麹。一粒一粒の表面全体が麹菌に覆われている。
→麹の菌体量(菌糸の量)が多いとリノール酸等が増え、バナナ様の酢酸イソアミルを主体とする、吟醸香を作りにくくする性質がある。
・突きハゼ:吟醸酒用の麹。肉眼では、豆大福のように、工事の粒の表面の一部に豆様に麹菌の塊が見える。
→造るためには、種麹の量を少なくすることが重要である。さらに吸収・放冷の過程を厳密に管理して、蒸米の水分を一般の麹と比べて乾燥気味に制御する。また、総ハゼに比べて菌体量が少ないので、酵素力価は全体的に低くなる。
1990年代中期になると、「香り酵母」(セルレニン耐性酵母)と呼ばれる酵母が全国に急速に広まった。
最初に普及した最も代表的なものは、長野県のアルプス酵母である。熟れたリンゴ様の香りのするカプロン酸エチルの生成量が多い。
最近の代表例は、きょうかい1801号酵母、県の開発した香り酵母などである。
次は日本酒において重要な米について書いていく!!覚えること多くて大変だけど頑張ろう~~🍚


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