蒸留技術の発達
蒸留という技術は、古代、香水や香料をつくるために考え出されたとされている。
2世紀以降、アレキサンダー大王によって創られたアレキサンドリアが科学技術の中心になり、錬金術の発達に伴って、蒸留技術も発達・改良された。7世紀にはこの地方はアラビア人による支配に代わり、イスラム帝国が栄えた。8世紀のアラビア人学者で錬金術師のジャービル・イブン・ハイヤーンは様々な蒸留器を考案し、これがアランビックと呼ばれる蒸留機に発展した。アランビックは精油を得るだけでなく、アルコール蒸留にも使われた。
イスラム帝国によって蒸留技術はヨーロッパにも伝わり、香水の文化が発達するとともにブランデーやウイスキー、ウォッカが生まれた。15世紀のフランスではまだブランデーは薬屋で売られていたが、16世紀末から日常生活の中に現れるようになった。
一方、アジアへはシルクロードや海のシルクロードを通じて、蒸留技術が雲南からタイへ伝えられ、モンゴル帝国の雲南遠征により中国の元(13世紀-14世紀)に伝えられたと考えられている。この過程で、東アジアに特徴的な「蒸す」という技術が応用され、カブト釜式と呼ばれる蒸留器が生まれたとの説がある。
蒸留技術の伝来
日本の焼酎に相当する蒸留酒は、13-14世紀には中国や東南アジア諸国で造られており、これらの製法が日本に伝来したと考えられている。伝来の仕方には諸説あるが、別府大学の米元教授は次の4つのルートを紹介している。
①インドシナ半島・琉球経路
14世紀頃の琉球は日本本土や明(中国)、朝鮮半島、東南アジア諸国との海上貿易の拠点となっており、種々の蒸留酒がもたらされたと考えられる。なお、昭和初期にタイの蒸留酒ラオ・ロンを飲んだ沖縄の歴史研究家が泡盛にそっくりだと発表したことから、泡盛のルーツはタイである、という説が広まったが、タイに限らず東南アジアから伝来したと考えるほうが妥当だとされている。文献にもアランビックにちなんだ阿刺吉(あらき)酒の他、火酒、焼酒、南蛮酒の名が残されており、最も有力な説と考えられる。
②中国・朝鮮半島・対馬経路
③中国南部・東シナ海・日本本土経路
④中国(雲南)・福建・琉球経路
焼酎造りの歴史
泡盛は15世紀に琉球王国に蒸留技術が伝来したことが始まりとされている。
現在の鹿児島県伊佐市にある郡山八幡神社で「依頼主が大変ケチで一度も焼酎をのませてくれない」という1559年の日付。署名入りの大工の棟梁の落書きが見つかった。これは「焼酎」の文字が書かれた現存する最古のものである。
甘露は1698年に琉球王国から種子島に、1705年に現在の鹿児島県指宿市山川に伝えられた。1850年頃、薩摩藩主であった島津斉彬は甘露焼酎の量産を奨励したと言われている。現在甘露焼酎は伊豆諸島でも造られている。
麦焼酎は19世紀初頭、現在の長崎県壱岐島で当時年貢から除外されていた大麦を利用して造られるようになったと言われる。
製造方法の変化
1910年に鹿児島税務監督局の技師に赴任した川内源一郎や鹿児島県工業試験所技師の神戸健輔が、黒麹のクエン酸生産に着目し、甘露焼酎の製造に黒麴菌の使用を普及させた。これによって甘露焼酎の品質が上がり、アルコール収得量も増加した。それ以降、黒麴菌は他の地域にも広まり、焼酎製造に大きな変化をもたらせた。1918年には川内源一郎が黒麹から胞子に黒い色素をつくらない変異株を分離し、作業着や製造室が黒くならない白麹菌として広まった。
・明治中期までの焼酎醪の仕込みは、黄麴と主原料を一度に仕込む「どんぶり仕込み」。
・1903年、麹と水で一次仕込みを行い、十分に酵母を増殖させてから甘露を加える現在の二次仕込み方法が開発。
・1912年頃には甘露焼酎に定着し、昭和初期に米焼酎や麦焼酎にも導入された。
・昭和中期には培養した焼酎酵母の一次仕込み時への添加が始まり、一段と酒質の安定と向上
・製麹は、1961年から回転ドラムと通風製麹装置(三角棚)が導入された。
蒸留器の変化
泡盛の旧式の蒸留器としてはカブト釜式とツブロ式があったと記録されている。
カブト釜式は中国雲南一体から東南アジアでは現在でも使用されているという。国内では琉球の他、薩摩、球磨、対馬、八丈島といった焼酎産地に広く分布していた。
一方薩摩にはツブロ式が分布していた。ツブロ式に類似の蒸留器は中国福建省などの一体にも分布しているとのことである。また、江戸時代に漢方医が用いていたランビキと呼ばれる小型蒸留器と構造がよく似ており、ヘレニズム型と考えられている。
カブト釜式とツブロ式は直火加熱であるが、1914年頃から木樽を用いた蒸気吹き込み式に改良され、大量生産が可能になった。1960年代にはステンレス製の蒸留機が広まり、1972年頃には減圧蒸留機が導入された。
消費量の変化
以前は、焼酎は南九州の地酒的な存在で、日本全体では日本種だけでなく、ウイスキーよりも消費が少なかったが、何回かの焼酎ブームで消費を大きく伸ばした。ここ10年程度は漸減状態であるものの、アルコール分を換算すると日本酒よりも単式蒸留焼酎の方がたくさん飲まれていることになる。
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