日本酒ができるまで 酒母編 (SAKE DIPLOMA勉強用)

酒母と醪は似て非なるものである。どちらも米、米麴、水を混ぜて糖化・発酵させるが、酒母が強い酸味や苦みがあるのに対し、醪は最終的には飲用の場を想定して香味を整えるものである。
 また、酒母の末期のアルコール分が10~12度に対し、醪の末期のアルコール分は、通常16~18度台となっている。
 さらに、麹歩合といった配合レシピを考えた場合、酒母が麹歩合33%であるのに対し、醪の麹歩合は22%程度と大きな差がある。

酒母室について

酒母室は水たまりのできない、乾燥した部屋でなくてはならない。
 酒母室は室温が4~5度が理想とされている。これは酒母の品温経過で、10度以下にすべき期間があるためである。
 酒母作りのポイントは初期の微生物をいかに淘汰して、添加する優良な日本酒酵母だけを数多く、純粋に、力強く育てるかである。

速醸酒母の場合

前半は糖化に徹し、後半で増殖させる

速醸酒母は、仕込み当初に必要な量の乳酸を加え、酒母を雑菌が生育しにくい乳酸酸性として雑菌の増殖を防ぎながら、麴の酵素によって蒸米でんぷんを溶解、糖化させて糖分の蓄積をはかり、添加した優良酵母だけを純粋に培養する安全な酒母製造法である。速醸酒母は現在最も主流な酒母である。
 仕込み温度が18~20℃である。酵母の増殖を確認できるのは、「膨れ」とよばれるガスの発生であり、仕込み1週間後である。つまり速醸酒母は前半の1週間が糖化に徹する時期、後半の1週間が酵母を健全かつ大量に増殖させる時期といえる。

酒母の材料と仕込み配合

酒母の材料は、蒸米、麹、酵母、水である。
 酒母の総米<麹(麹米)と直接タンクに投入する蒸米(掛米)の合計。元の白米の重さで表したもの>は、普通酒、本醸造酒及び濃醇な純米酒の場合、醪の総米の7%代が標準である(吟醸と名の付く日本酒は5%台が標準である)。酒母に用いる水の量(汲水)は、速醸酒母の汲水歩合は110%である。

酒母1日目

酒母を仕込むに当たって、まず麴の酵素をあらかじめ水中に溶出させる。蒸米を入れる前に、汲水に乳酸、清酒酵母、麹を投入して混ぜ合わせる。これを「水麴」といい、仕込みの1~2時間前に行う。乳酸と清酒酵母を最初に添加するのは、酵母に休眠による誘導期があることを考慮し、野生酵母が清酒酵母よりも先に活動するすきを与えないためである。
 水麹により麹酵素の溶出が促進される。
 酵母は総米(麴米と掛米の合計)100kgの酒母に、きょうかい酵母ならアンプル1本以上必要である。きょうかい酵母のアンプル1本の中には200億個位の清酒酵母がいる。殺菌工程のない速醸酒母が安全に作れるポイントはここにある。

◎仕込み ※1~2時間後
水麹にしたものに蒸米を適度に放冷して投入混和し、予定温度にする操作のこと。

◎汲みかけ ※3~4時間後
酒母を仕込んでから3~4時間すると、蒸米は吸収して表面はリゾットのように、こんもり膨れてくるので、その中央に穴を掘ってそこのない円筒を埋め、円筒内に深井戸のように溜まる液(麹の酵素が溶けている液)を柄杓で酒母の表面の蒸米にふりかけ、蒸米を潰すことなく糖化を促進する方法を「汲みかけ法」という。
 汲みかけを繰り返すことにより、当初白濁していた液も次第に透明になる。通常一昼夜いないで、液が吸い込まれなくなり、蒸米の上に液が溜まってきたら終了し、円筒をぬいて軽く撹拌する。

酒母2日目

◎打瀬
酒母室の室温が4~5℃の場合、仕込みの翌日またあ翌々日の酒母の品温は7~8℃となっている。この温度は一般に酵母の増殖限界温度かそれ以下である(酵母はいまではない!糖化に集中!)。
 「打瀬」とは、汲みかけ終了後から、酒母の品温を下げ、はじめて暖気を入れて加温操作をするまでの期間をいう。
 打瀬の意義は二つあり、仕込み初日に、蒸米の溶解がかなり進み、栄養と水分に富んだ状態となるため、酒母の品温を下げ、雑菌が生える危険性を避ける。もう一つが、速醸酒母の前半を糖化に徹するために、できるだけ早く品温を10℃以下に降下させることで、酵母の増殖を抑えることができる。

酒母3日目~7日目

◎膨れ誘導
通常仕込みから7日目であるが、酵母が増殖を始めると、発生した炭酸ガス(二酸化炭素)により、酒母の表面が軽く膨れてくる。これを「膨れ」という。膨れとなるまでに、酒母中の成分は、酵母の増殖に適するように整っていなければならない。そのため加温操作をし、蒸米の溶解・糖化を促進して、成分を溶かしだす。この打瀬から膨れまでに行う加温操作のことを前暖気といい、この時期を「膨れ誘導」という。前暖気は、酵母の増殖をできるだけ抑えて糖化を行わせることが目的であるため、酒母を局部的に加温し、2~3時間後に暖気を抜く際に、暖気を使って撹拌して全体の品温を2℃上げ、その翌朝は品温が1℃下がるのは、この時期は酵母数が少ないために酒母の発熱が内に等しいためである。
 暖気とは、伝統的には木製である。暖気に60~70℃の湯を詰めて使用すると、糊状の酒母と接する部分が30℃以上に保たれる。
 1回目の加温操作が初暖気であるが、その時期は仕込み後2~3日で品温が7~8℃となったときである。1日1℃ずつ品温を上昇させ、3~5日後に膨れに導く。

酒母6~8日目

◎膨れ
初暖気を入れてから3~5日目になると品温が15℃程度に上昇し、芳香を発するとともに、十分な甘味が出て糊味がなく、ブドウを思わせる甘酸の調和のとれた濃厚な味となってくる。酵母の増殖も盛んとなり、炭酸ガスを放出して容積を増してくると同時に酒母表面に筋状の泡が現れてくる。これを「膨れ」という。

酒母7~9日目

◎湧付き
膨れからさらに進み、酵母の増殖、発酵がいっそう盛んとなって炭酸ガス(二酸化炭素)を放出し、酒母の表面が泡面になった状貌を「湧付き」という。
 成分面では、膨れのときのボーメより1減少したときを湧付き開始とする。ボーメが減少するのは、酵母によって党が消費されたためである。
 十分に湧付いたならば、暖気で品温を2~3℃上昇させて、さらに酵母の増殖を促進させる。
 湧付き以降は、糖化ではなく酵母の健全な増殖に注力する。

酒母9~12日目

◎湧付き休み
酵母が最も活発に増殖している。休むのは作業者の加温操作、暖気操作である。すなわち、湧付き休みとは、酒母の品温経過で最高温度に3日間維持される期間、及びその前日のことを差す。湧付き以降は、活発に増殖を始めた酵母の発熱により、加温操作を休む。

酒母10~13日目

◎分け(もと分け)
湧付き休みの末期には、アルコール分および酸度が高い上に高温であるため、酵母にとっては生育しにくい環境となる。したがって、そのまま高温を維持すると酵母が衰弱してしまう。そこで、品温を下げて酵母が生存しやすくする。これを「分け(もと分け)」という。氷を作るのが困難な昔は品温を下げるのに、半切りに酵母を分けたので、そう呼ばれている。
 甘味が薄らぎ、わずかに辛みを生じた甘酸渋味のときが分け操作のタイミングである。当然、酵母数(酵母密度)は確実に最高値でなくてはならない。ねお、現在では半切りに酒母を分ける代わりに、冷管と呼ばれる、アルミニウム製で中に氷を入れた長い筒状のものを酒母に1本から数本入れる。

酒母14日目以降

◎酒母枯らし
もと分けから酒母を醪に使用するまでの期間を「酒母枯らし」という。
 もと分け操作後はできるだけ急速に品温を下げ、3日後には約10℃、それ以降は7℃以下で「枯らす」ことが必要である。冷管を使っても、品温を下げるのに日数を要するのは、酵母数が最大かつ活発であるために盛んに発熱しているためである。7℃というのは、酵母をおとなしくさせるための温度である。
 酒母の枯らし期間は5~7日間が適当である。
 こうして、日本酒用酵母を純粋かつ大量に培養した元気な酒母の完成である。

高温糖化酒母の場合

速醸酒母は、酒母の前半に蒸米溶解や糖化を優先する期間が1週間ほど必要である。そのため、速醸酒母の完成には約2週間を要する。
 そこで、より短い期間で酒母を製造するため、麹の酵素がよりよく働く高めの温度で、蒸米を短時間で溶かして糖化し、その後、冷却時に乳酸を添加し、これに純粋日本酒酵母を添加して育成(培養)したものを高温糖化酒母という。高温糖化酒母は約1週間で完成できる。
 この時の温度は、55℃前後であり、この温度あたりでは、盛んに増殖できる微生物はほとんど存在しないために、温度管理が適性であれば、速醸酒母よりも衛生面で優れているように思える。しかしながら、糖化温度が55℃よりも上がりすぎれば、酵素が失活して糖化がうまくいかず、逆に55℃よりも低すぎれば、雑菌汚染につながる恐れがある。また、糖化し終わった蒸米と麹は粘った餅のような性質をしばらくもち、冷管などにくっつくため、煩雑な作業が加わる。
 前半の品温経過以外は速醸酒母と工程はほぼ同じである(糖化→酵母を増殖)。両者とも酵母数は分けにおいて最大値となり、1cc中に2億個の酵母が存在する。

生酛系酒母を代表する、生酛と山廃酛の場合

生酛系酒母は、江戸初期には基本的な製法が確立されたと伝わる「生酛」と、明治期にその製法を変化させた「山卸廃止酛(山廃酛)」に代表される。
 いずれも乳酸菌を増殖させ、その乳酸菌の生成する乳酸によって雑菌の汚染を防ぐ酵母培養法。
 乳酸菌には有用(善玉)と悪玉があるが、有用乳酸菌は7℃前後の低温でも生えるのに対し、悪玉乳酸菌は10℃以上でないと生えない。この性質を利用し、生酛系酒母の仕込みは通常、品温を5~9℃程度の低温に置き行われる。江戸期には「寒酛」と称されていたゆえんである。
 生酛系酒母は、高温(30℃以上)下での生存率が高く、高いアルコール体制をもつ酵母が育まれる。よって、醪の仕込みの末期でも比較的旺盛な発酵が行われ、一般に濃醇かつ味わい深い酒を生むとされる。

山卸をベースとする生酛の仕込み

生酛の酒母造りでは、蒸米と麹を「半切り」という浅めの桶に入れてへらでよく混ぜ、さらに水を加えて混ぜ合わせる(酛100キロを半切り桶6~8枚程度に分割)。これを「仕込み」や「酛立て」という。品温は5~6℃。そのために4~5℃の仕込み水を用い、蒸米は40℃くらいになるまで冷ましたのちに使用する。
 酛立てから数時間経過すると、蒸米と麹は仕込み水を吸収し膨張、水分はほとんど見られなくなる。その後は数時間おきによく混ぜ合わせ、仕込みから半日ほど経過したら、2,3人がひと組になって櫂で半切り桶の中身をすりつぶす。この作業を「山卸」あるいは「酛摺り」とよぶ。最初の山卸(粗摺り、荒摺り、一番摺り)は桶1枚あたり12~15分程度行う。その後、3時間ほど後に二番摺り、さらに3時間ほどおいて三番摺りを行うが、時間は5~7分くらい。これにより工事の酵素作用を促進されるのが目的である。
 その後、半切り桶2枚分を1枚に合わせ(「折り込み」という)、時折へらで撹拌する。翌日、翌々日とさらに半切り桶を合わせていき、最後に物料すべてを酒母タンクに投入する(「酛寄せ」という)。ここで3日ほど5~6℃の低温に保ちながら撹拌して、蒸米の溶解を進める。この期間を「打瀬」といい、蒸米は麹の酵素によって分解され、微生物の栄養源となる糖分がつくられ始める。
 打瀬の間、まずは硝酸還元菌が動き出して、仕込み水に含まれる硝酸塩を分解し、亜硝酸を生成し始める、亜硝酸は酒母仕込みの初期に、不要な野生酵母の増殖を抑制する作用をもつ。やや遅れて、有用乳酸菌が増殖を開始し、乳酸をつくりはじめる。有用乳酸菌の増殖がゆっくり進むのは、繁殖に必要な糖がまだ十分ではないためである。そこで打瀬のあと、「暖気入れ」といって、熱湯を入れた樽(暖気樽)を2、3時間、酒母タンクに入れては抜く作業を繰り返し、1日1℃ほど温度を上げていく。すると、糖化がいっそう進み、乳酸菌も徐々に活発に活動して乳酸をより生成するようになる。
 仕込みから約1週間後には、亜硝酸と乳酸が共存し、その相乗作用によって、自然に入ってくる産膜酵母や野生酵母などの有害微生物は死滅する。カギは、乳酸菌は亜硝酸に強く生育を阻害されないことと、硝酸還元菌が乳酸に弱いこと。結果、乳酸菌の増殖に伴って硝酸還元菌は次第に死滅し、つまり亜硝酸もなくなっていく。さらに、乳酸菌は酸に弱く、自らが生成した乳酸によって減少する。
 酒母はこうして強い酸性の性質をもち、有害微生物は淘汰される。一方、清酒酵母の生育に適当な糖分やアミノ酸が蓄積され、酵母増殖の条件が整ってくる。そこで、現在の生酛系酒母造りでは、あらかじめ培養した優良酵母を添加するか、しないかの選択を行う。しない場合は、蔵つき酵母が増殖する。
 生き残っていた乳酸菌はやがて酵母が生成するアルコールによって死滅し、結果、多量の乳酸と清酒酵母だけが存在する酒母となる。それから1、2週間、酒母中の後発酵によってより発酵力の強い酵母にするための「枯らし期間」を設け、完成にいたる。

山卸を廃止した山廃酛の仕込み

山廃酛の仕込みでは、山卸の作業を行わず、「水麹」を代わりにとして酒母を育成する。1909年に国の醸造試験所が行った実験で、山卸作業を行った酒母と行わなかった酒母に成分的な違いが見られなかったことから実用された。
 仕込みの2~4時間前、3~5℃に冷却した仕込み水を酒母タンクに入れ、麹を投入して櫂で撹拌。この「水麹」は、麹の酵素をあらかじめ浸出させ、仕込み後なるべく早く溶解・糖化を進めるために行う。
 また、水麹に投入する蒸米は、事前に数時間さらして15~20℃に下げ、物料の品温が9℃ぜんごになることを目指す。生酛も同じだが仕込み温度が10℃以上では早湧きの危険があり、5℃より低くなると硝酸還元菌や乳酸菌の働きが阻害されてしまう。投入したら、3,4人で麹と蒸米が混ざるように激しく撹拌する。
 3,4時間後からは随時「汲みかけ」をする。また、汲みかけを行わずに「荒櫂」に移るやり方もある。
 通常、荒櫂は汲みかけ後、物料の均一化と品温降下(暖気入れ前に5,6℃程度になることを目指す)を目的として行う。荒櫂後、2,3時間ごとに、二番櫂、三番櫂を物料の状態に合わせて入れる。低温での打瀬、暖気入れなど、その後の酵母の育成方法は生酛とほぼ同じである。

秋田流生酛

秋田県内で伝承されている酒母造りの方法である。秋田流生酛では、半切り桶を用いず、山廃酛のように1本のタンクに仕込む。しかし、山卸の作業によって速醸酛よりも物料(蒸米と麹)の溶解・糖化率が高まることを重視し、電動の撹拌擂砕機を用いて山卸の作業をかなりしっかり行う。
 仕込み温度は14~15℃と生酛系としては高め。これにより溶解・糖化と乳酸菌の増殖を促進するが、早湧きにならないように酒母麹を麹菌が米の中心部まで入り込んだ総ハゼ麹とするなどしている。また、木製の暖気樽は熱伝導率が低く、雑菌の汚染源にもなりやすいとして、電熱による行火で温度調節をするのも特徴のひとつと記されている。

現在の生酛と山廃酛

現在の酒母のシェアでは速醸系が約90%、山廃酛約9%、生酛約1%といわれている。より豊かで複雑みのある香味を求めて、生酛系酒母に取り組む蔵は近年、少しずつ目立ってきている。

昔の酒母育成の復元ー菩提酛

菩提酛は、15世紀に行われていたと伝わる酒母造り(現存する最古の酒造技術)の手法。使用する米の1割を炊き、残り9割の米の中に埋めて水を加える。3日ほど置くと、炊いた米から溶けだした養分によって乳酸菌が増殖して酸性となり、酵母も増えてぽつぽつ泡が見られるようになるという。そこで、全体をざるで漉し、生の米は蒸して、あらためて、麹とこの酸っぱい水(乳酸酸性水)と蒸米を混ぜて仕込む。
 当時の日本酒は1段仕込みで、「酒母造り=酒造り」だったと思われ、発酵して出来上がったものを飲む場合、その酒は「菩提泉」と呼ばれた。この手法は菩提山正暦寺にて確立された。菩提泉は麹と掛米の両方に白米を使用する「諸白造り」だったようだ(それまでは、掛米だけに精白米を用い、麹米には玄米を用いる「片白」が一般だった)。
 近年、奈良の蔵元約10軒によって、菩提酛による酒造りが復元されている。室町時代の文献を参考にして研究している。

今回は日本酒の“土台”ともいえる「酒母」についてまとめたよ🍶
次回は、発酵の主役「醪(もろみ)」について詳しく見ていくよ!
どんどん仕上がっていく日本酒の世界、お楽しみに〜✨

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